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クレドのにっき

クレドのにっき

蝶隠し 壱

紅い蝶の舞う季節に。


 唯、死ぬためだけに生まれてきたなんて、思いたくない。
「双子…!」
立花の家に生まれたのは、男の双子だった。雪の夜、彼女が産み落とした新しい命。
けれど――
「…双子、か」
当然だよなぁ、と皐月は笑った。妻である葉月は、夫の笑みについていけなかった。「俺たち二人とも鬼隻だものなぁ。――双子が生まれて当然だ」
皐月の肩に止まる、紅い蝶。ひらひらと…ひらひらと…羽根を翻して。

 それから――6年後。
「睦月ーっ。むーつーきーっっ!!」
声が、神社の中を走っていく。返事は無い。
「何処か、変な所に落ちちゃったんじゃ…」
と。おろおろしながら、淡い紅に曼珠沙華をあしらった振り袖を着た、少女が云う。
「ん~。睦月くんに限って、そんなことはないでしょ」
と、同じ着物をきて、ただしこちらは先の少女と髪の長さは一緒だが、横の髪を後で白いリボンで留めてある。
さて、この少年と少女らはと云うと…
「ああもう!睦月ーッ!知らないからな!帰るからな!」
短い黒髪に、黒瞳。新緑色の着流しを着たなかなかにととのった顔立ちをした少年、立花樹月。
「えー。樹月くん、それは酷いよー」
とからから笑うのが、髪を白いリボンで留めている少女、黒澤八重。
「ええっ、む、睦月くんどうなっちゃうの?!」
さらにおろおろしだすのが、黒澤紗重。
少女たちの顔はうり二つ。一目で双子だとわかる、八重が姉だ。
「か、帰るのはまずいんじゃ…?」
少し寝癖の残る髪を短髪にした、少年。宗方良蔵と云って、今は立花家に滞在している行商人の息子だ。
さて彼らは一体何をしていたのか…?
時間は半刻程遡る。

 「なー今日は隠れ鬼しよー」
言い出したのは、黒髪を腰まで伸ばして、後で一つに括っている少年、立花睦月だ。
「やめようよ…隠れ鬼って、こ、こわいんでしょ…?」
と、胸前で手を合わせて、紗重。
「睦月…どうしてお前は、いっつもやばい遊びばっか云い出すんだ…?」
呆れ顔の樹月。睦月の双子の兄である。
「いいねーっ隠れ鬼!やろやろ!」
意気揚々と手を挙げたのが、八重…。
そこへ、良蔵が首を傾げながら問うた。
「ね、なんで隠れ鬼はやばいの?」
樹月が云いかけた所へ、「うん、なんだかね、過去にこの遊びをした子供が行方不明になる事件が多発したらしーよ。」
と睦月。樹月が、「”蝶隠し”って云うらしいよ。…あまりにも多いんで、村じゃこれやる子供はいないね」
蝶隠し…。聞き慣れない言葉だ。
良蔵は親の職業柄、色々な土地を巡ってきたが、そんな言葉をきいたことは無かった。
「でもさ…隠れ鬼って、鬼ごっこみたいなもんじゃないの?」
紗重が、おどおどと言葉を紡いだ。
「あのね…あそこに御園があるでしょ?ほら、村を見渡せる高台。」
良蔵は紗重の指さす方向を見た。
そこには、村の唯一の外との接点、鳥居がある。そして、その前に異様な石も。
「うん…あれが?」
今度は八重が幾分嬉しそうに、
「隠れ鬼はね、唯の鬼ごっこじゃないんだよ。あの石、”にえいわ”っ云うらしいんだけど、その上に鬼とそれ以外の子供は乗って、鬼が十数え終わるまで他の子は逃げちゃいけないの。で、鬼が十数え終わったら、子供は逃げて、鬼はあと十数えるの。」
「普通の鬼ごっことかわらないじゃないか」
良蔵の言葉に、今度は睦月。
「くくくっ。それでおわりだと思うかぁ?二十数え終わった鬼はな、にえいわに「もういいかい?」って訊くんだ。で、耳をあてて「もういいよ」、って返ってきたら捜しにいくんだよ」
――?岩が喋る?
睦月は続ける。
「で、鬼に捕まった子供は、暮羽神社に連れていかれる。…勿論、村の何処にでも隠れていいわけだから、神社に隠れるのもアリなんだけど」
紗重が弱々しく云う。
「ねえ…やっぱりやめない?怖いよ…おととしだって、やった子たちでいなくなった子がいたじゃない。槌原さんとこの…光ちゃん」
その言葉で、背筋が一気に凍る。具体的な名前を出されると、…怖い。
「何云ってるんだよ、光ならこないだ帰ってきたじゃんか」
と、睦月。
――但し、気が触れて。

 結局、鬼は樹月に決まり、隠れ鬼は実行された。
所が見付からないのは睦月だ。彼の性格からして、民家の屋根の上だの、釣瓶にぶら下がって井戸の中だの、危険が危ない(笑)所に隠れるのだが。
そしてみんな見付かった筈なのに、睦月だけがいない。
陽は暮れ始める。そろそろ不味いのでは、とみなが思い始めた。最初はふざけて隠れているのかと思った。しかし、こんなに探し回って、村人に訊いても見たひとがいない。
これは、おかしい。
樹月が呟いた。
「…まさか、本当に、”蝶隠し”――?」

弐へ



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